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大阪高等裁判所 昭和55年(行コ)53号 判決

控訴人(原告) 東山直美 外七名

被控訴人(被告) 兵庫県知事 西宮市

訴訟代理人 一志泰滋 山下博 外九名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは、「原判決を取消す。被控訴人兵庫県知事(以下、単に被控訴人知事という)が昭和五三年七月三一日付で被控訴人西宮市(以下、単に被控訴人市という)に対し、被控訴人市の阪神間都市計画下水道変更計画決定(以下、本件都市計画決定という)に対する控訴人らの同年五月八日付各審査請求書(以下、本件審査請求書という)の正本を送付した各処分を取消す。被控訴人市が本件都市計画決定に関し控訴人らに対し昭和五三年九月二一日付でなした各異議申立却下決定(以下、本件却下決定という)を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決を求め、被控訴人らは、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の提出・認否は、控訴人らにおいて別紙(一)ないし(四)の控訴人ら第一ないし第四準備書面記載のとおり陳述し、乙第三号証の一及び二の成立を認め、被控訴人らにおいて別紙(五)及び(六)の被控訴人ら第一及び第二準備書面記載のとおり陳述し、乙第三号証の一及び二を提出したほか、原判決事実摘示のとおり(ただし、原判決五枚目裏六行目の「ま」を削り、同七枚目裏四行目の「因」の次に「5」を加え、同一二枚目裏五行目の「完」を「貫」と改める)であるから、これを引用する。

理由

当裁判所も、控訴人らの被控訴人知事に対する請求は却下すべきであり、被控訴人市に対する請求は棄却すべきであると判断するが、その理由は、次の附加・訂正をするほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

(一)  原判決理由三(原判決一九枚目表一一行目冒頭から同二一枚目表一〇行目末尾まで)を次のとおり改める。

三 次に、被控訴人市が都市計画法(以下、単に計画法という)一五条に基づいて定めた本件都市計画決定に関し、被控訴人知事が行政不服審査法(以下、単に審査法という)五条一項一号にいう「上級行政庁」であるか否かについて考える。

(1)  元来、審査法五条一項一号にいう「上級行政庁」とは、行政組織ないし行政手続上において処分庁の上位にある行政庁であつて、その行政目的達成のため、当該行政事務に関し、一般的・直接的に処分庁を指揮監督する権限を有し、若し処分庁が違法又は不当な処分をしたときは、これを是正すべき職責を負い、場合によつては、職権を以て当該処分の取消・停止をなし得るものである。

(2)  そこで、先ず、市と都道府県知事(以下、単に知事という)との一般的な関係についてみるに、その点について規定する地方自治法(以下、単に自治法という)においては、知事は市に対し、市の組織及び運営の合理化に関する情報を提供するために必要な資料の提出を求めることができ(二四五条三項)、右合理化に資するため適切と認める技術的な助言又は勧告をなし得(二四五条一項)、また、市の財務に関係のある事務の報告をさせ、書類帳簿を徴し、実地について事務を視察し若しくは出納を検閲することができる(二四六条)旨を定めており、右の各方法により、知事において市を援助・監視し、後見し得るものとしているが、知事が市に対しそれ以上の指揮監督をなし得る旨の規定はない。ところで、自治法の右規定は、もともと、市は独立した一個の行政主体であり、知事は都道府県なる別の行政主体の一機関であるから、行政組織上、知事と市とは別の系統に属し、本来的には、知事は市に対し何ら指揮監督権を有する筋合ではないが、行政の適正かつ円滑な運営のため、必要最少限度と思料される市に対する右援助・監視の諸権限を特に知事に与えたものであると解される。従つて、知事の市に対する右諸権限は、自治法所定の特別のものであつて、極めて限定されているものであり、上級行政庁が下級行政庁に対して有する一般的な指揮監督権とは異質のものであるといわなければならない。そうすると、知事は、もともと、市とは別個の行政主体に属し、市との間に上下の関係はなく、市に対しいわゆる指揮監督権を有するものではないから、市との関係において審査法五条一項一号にいう「上級行政庁」にならないというべきである。

(3)  次に、被控訴人市がなした本件都市計画決定は、自治法二条三項一二号・九項・別表第二の二の(二五の四)所定のいわゆる団体委任事務であるが、本件都市計画決定に関する限りにおいて、被控訴人知事が被控訴人市との関係で右「上級行政庁」に当たると解し得る余地がないかについて考える。そこで、計画法上の市と知事との関係をみるに、同法は、市が都市計画を決定するに当つては知事の承認を受けるべく(一九条一項・二項)、知事において必要があると認めたときは、市に対し期限を定めて右決定のため必要な措置をとるべきことを求めることができ(二四条五項)、また、知事は市に対し必要な限度で報告若しくは資料の提出を求め、必要な勧告若しくは助言をすることができる(八〇条一項)旨を定めているが、それ以上の知事の市に対する権限は規定していない。ところで、計画法所定の知事の市に対する右諸権限は、市が定める都市計画が、法律に基づく全国的又は地方的な開発計画、並びに公共施設に関する国の計画に適合し、かつ、当該市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを一体的かつ総合的に定めるべきものである(一三条)とともに、知事が定めた都市計画にも適合すべきものである(一五条三項)関係上、広域的見地から、それらの各関連諸計画との一体性・総合性を確保し、当該都市計画を適正かつ合理的ならしめ、不適当な都市計画が決定されることを防ぐため、市が行う都市計画決定につき、知事が援助・監督をして、調整し得ることにする趣旨で与えられたに過ぎないというべきである。従つて、知事の右諸権限は、市が行う都市計画決定に関し、その最低基準を確保し、関連する他の諸計画との調整を図ることを主眼として与えられたものであつて、かなり限定されたものであり、右の諸規定が、知事に対し、上級行政庁が下級行政庁に対して有するのと同質の指揮監督権を与えたとすることはできない。そうすると、本件都市計画決定に関する限りにおいても、被控訴人知事は審査法五条一項一号にいう「上級行政庁」には当らないといわなければならない。

(4)  なお、控訴人ら主張に係る各判決の内、最高裁判所が同庁昭和四六年(行ツ)第一〇六号大阪府国民健康保険審査決定取消請求事件について昭和四九年五月三〇日に言渡した判決は、国民健康保険法三条により保険者となつた大阪市が、被保険者たらんとする者からなされた被保険者証の交付請求を拒否した処分を大阪府国民健康保険審査会によつて取消され、右請求者を被保険者とする旨の裁決を受けたのを不服として、右審査会を相手方として右裁決の取消を訴求した場合において、保険者たる大阪市は右裁決の取消を訴求することができない旨を判断したものであるところ、その判決理由中には、「審査会と保険者とは、一般的な上級行政庁とその指揮監督に服する下級行政庁の場合と同様の関係に立つ」旨の説示があるが、それは前記判断をみちびく過程において説明の便宜上なされたものに過ぎず、第三者機関である右審査会を保険者たる大阪市との関係において審査法五条一項一号の「上級行政庁」に当たるとしたものではなく、また、同裁判所が同庁昭和四九年(行ツ)第八号行政処分取消請求事件について昭和五三年一二月八日に言渡した判決は、全国新幹線鉄道整備法九条一項に基づく運輸大臣の工事実施計画の認可は、行政事件訴訟法三条一項にいう抗告訴訟の対象とならない旨を判断したものであるところ、その判決理由中には、「本件認可は、いわば上級行政機関としての運輸大臣が下級行政機関としての日本鉄道建設公団に対しその作成した本件工事実施計画の整備計画との整合性等を審査してなす監督手段としての承認の性質を有する」旨の説示があるが、それは右判断をみちびく過程において比喩的になされた説明であるに過ぎず、右認可に関し、運輸大臣が日本鉄道建設公団との関係において審査法五条一項一号の「上級行政庁」に当たるとしたものではなく、右各判決は、いずれも本件都市計画決定に関し被控訴人知事が被控訴人市との関係において右規定にいう「上級行政庁」に当たらないとする当裁判所の判断に抵触するものではない。

(二)  そうすると、本件都市計画決定に関し、被控訴人知事は審査法五条一項一号にいう「上級行政庁」ではなく、また、右決定に関し被控訴人知事に審査請求をなし得る旨の法律の定めもないから、被控訴人知事は本件都市計画決定に関し審査庁にはなり得ないわけである。従つて、被控訴人知事は控訴人らの本件審査請求を不適法として却下し得た筋合であるが、控訴人らは本件都市計画決定につき法定の期間内に被控訴人市に対し異議申立をなし得るものであつたから、被控訴人知事はその点を慮り、当該異議申立権を保護するため、本件審査請求を被控訴人市に対する異議申立と善解し、行政庁同士の間における事実行為として、本件審査請求書の正本を被控訴人市に送付したものであるところ、被控訴人知事の右措置は妥当であり、右送付を審査請求に対する却下処分と認めることはできない。そして、右により送付を受けた被控訴人市が、それを本件都市計画決定に対する異議申立として審理した上、それを却下したことも適法であり、本件却下決定を取消すべき理由はない。

よつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条一項により、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき、同法九五条本文・八九条・九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂上弘 青木敏行 吉岡浩)

別紙準備書面〈省略〉

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